久々の更新になってしまった。
色々あって仕事にも勉強にもブログにも手の回らない状態なのだが・・・
まぁ、その辺りの事情は追々書くとして。
去る4/21日、娘の通う小学校で今年度初めての参観が行われた。
娘は小学校6年生のため、クラスは昨年度からの持ち上がり。
担任の先生も5年生の時と同じ「H先生」だ。
しかし、本来であれば娘のクラス担任は「S先生」であり、H先生は「副担任」である。
娘が5年生になった昨年度、S先生は隣区の小学校から転任してきた。
50代の男性教諭で経験豊富なベテランだそうだ。
「・・・だそうだ」と書いたのは、私は一度もお会いしたことがないからだ。
S先生は娘たちのクラス担任になったのも束の間、3日後には出勤しなくなってしまった。
子供たちが不安がる中、程なくして学校側から担任交替の報せがきた。
「S教諭は持病である糖尿病の悪化のため3ヶ月間休職します。
S教諭不在の間は副担任であるH教諭がクラス担任を務めます。」
この報せを受けた保護者たちは誰もが首を傾げた。
「出勤できないほど重篤な先生を、なぜ担任に据えるのか?」と。
と同時に、様々な憶測が保護者たちの間に充満した。
「前任校でも出勤してなかったんじゃないの?」
「糖尿病って、そんなに急激に悪化するものなの?」
「始業式の時は元気だったって子供が言ってたよ?」
「病気は嘘で、本当は先生が登校拒否なんじゃないの?」
お陰で担任交替後に行われた参観・懇談は蜂の巣を突付いたような騒ぎ。
矢面に立たされた副担任のH先生は質問攻めに遭っていた。
H先生には何の責任もないだろうにねぇ。
それから3ヶ月後の昨年7月、学校側から一枚のプリントが配布された。
S先生の休職期間を更に3ヶ月延長する旨の報せだった。
次いで3ヶ月後の昨年10月、今度は休職期間6ヶ月延長の報せがきた。
要するに、S先生は一年間丸々学校には来なかったわけだ。
子供たちと顔を合わせたのは、始業式とその翌日の2日間だけ。
そして今年4月、6年生に進級した娘たちのクラス担任は―やはりS先生。
前年同様まだ一度も学校には来ていない・・・こんな担任って、あるの?
病気で療養が必要だと言うならそれも仕方がない。
でも、出勤できないほど重篤だと言うなら、いっそ担任を外したら?
名目だけの担任なんて必要ないでしょ(-_-#)
S先生の処遇については再々学校に説明を求めている保護者もいる。
しかし、お茶を濁すように明言を避け続ける学校側の対応に
不信感を抱いた保護者たちは次第に学校から足が遠のいていった。
今では参観常連の保護者の数は片手に余るほどしかいない。
5年生の初め頃には教室に入りきらないほど賑わっていたのに―。
私は子供の学校行事には有休を取って必ず出席しているが、
最近では余りの出席率の低さに却って肩身が狭くなってきた。
誰より気の毒なのは・・・H先生だろう。
H先生は20代後半の男性教諭だが「新卒」である。
前職は国土交通省航空局勤務という、異色の経歴の持ち主だ。
昔からの夢だった小学校の先生になりたくて国土交通省航空局を辞職し
地元の小学校で「新卒の副担任」として教職に就いた。
それが、幽霊担任の替わりに新卒でありながら高学年クラスを任され、
しかも保護者からは我が身に覚えのない非難を浴びている。
忙しい中、時間を割いて作ったであろう自作の教材を用いて
一生懸命に工夫を凝らした授業は、参観する保護者が殆どいない有様。
これじゃ・・・そのうち、H先生が登校拒否になってしまうよ。
沢山の夢を抱き、希望に胸膨らませて赴任してきたのだろうに
H先生を待ち構えていた現実は随分と過酷だったに違いない。
先週の金曜日、参観に訪れた保護者は私を含めて3人。
懇談の席でH先生は、出席した3人の保護者に深々と頭を下げていた。
「来て下さって本当に有難うございました。」と―・・・。
先生・・・今は辛いかも知れないけど、でも悪いことばかりでもないよ。
何より、子供たちは先生が大好きなんだから。
どうか失望せずに自分の選んだ道を信じて、いい先生になってね・・・。
職場に「お抱え保健師」さんがやってきた。
保健師さんは大体3ヶ月に一度ぐらいの割合で社内を巡回し、
体調不良者の相談にのったり、病後の経過を聞いたりしている。
私は健康診断でコレステロール値が上限を大きく上回っており
再検査要にチェックされていたのだが・・・放っておいた。
同じように「再検査要」にチェックされていても
知らん顔を決め込んでいる不遜な輩を改心させるため、
保健師さんは強制的に面談をする。
私もブラックリストの一人なので、面談に呼ばれてしまった。
保:「コレステロール値が高いですね〜ここ3年、高すぎますよ。
揚げ物や脂っこい食事、味付けの濃い食事が好きなの?」
私:「いーえ、全然」(←これは事実)
保:「じゃあ、卵類は?鶏卵とか魚卵とか」
私:「魚卵・・・ですか?」
保:「そう、イクラや筋子、タラコ、ししゃも、ウニ・・・好きじゃない?」
私:「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
保:「乳製品は?これも脂肪分が多いのよ?好きじゃない?」
私:「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ヤバイ・・・私の大好物は「タラコ」と「牛乳」だ。
朝は大抵、タラコ茶漬けか、焼タラコのおにぎりか、白米にタラコ。
昼はタラコスパゲティを食べ、牛乳は職場にまで持ち込んで飲んでる。
「えぇっと〜タラコは毎日一腹以上、牛乳は毎日1リットル飲みます」
やおら保健師さんは怪訝そうな顔をして首を左右に振り出した。
「あのねぇ〜魚卵ってのはコレステロールの塊なのよ?
あの卵一粒一粒が全部コレステロールだと思った方がいいわよ?
それに、牛乳を一日1リットルも飲んでいいのは中学生まで!
あなたの年でそんなことをしたら【脂肪】が溜まるの当たり前でしょ?」
・・・おい、ちょっと待て。聞き捨てならないだろ、今の発言(-_-)」
高いのはコレステロール値であって体脂肪じゃないだろ。
そりゃ体脂肪も少ないとは言わないが、なんか話がズレてない?
アンタ、健診結果じゃなくて「私の体型」見て話してるんじゃないの?
ムッとする私を尻目に保健師さんの説教は続き、
このままじゃ血液がドロドロだの、血管が詰まるのだのと散々脅されて、
受診+大・大・大好物のタラコと牛乳を控えるように厳しく諭された。
うぅ〜・・・タラコと牛乳のない人生なら動脈硬化の方がマシだよ・・・。
本日、ようやく全科目のテキストが揃った。
昨日配達されたらしいが、不在のため受け取ったのは今日。
2006年春学期の履修科目は
テキスト履修
・ 教育の理論
・ 身体運動文化概論
・ 児童の発達と身体運動論
・ 資料組織概説
・ 図書館経営論
・ 図書館資料論
スクーリング履修
・ 財政学概論演習
・ アイデア発見・連想能力開発スキル演習3(物・論理から)
上記8科目のうち、3科目はAmazon.等でテキスト購入可能。
他5科目は大学書籍販売で購入しなければならなかった。
Amazon.で購入したテキストは4/4には手元に届いた。
しかし大学販売ものは4/2に購入手続きして、届いたのが4/16。
何故かと言えば・・・例の如く、テキスト発刊遅延。
5科目中1科目が4/10以降の販売となったため、遅れたって訳だ。
だからって・・・5科目まとめて手続きから2週間後に届くわけ?
販売が遅れたのは大学&出版社の都合でしょう。
せめて既存の4科目は先に納入して、販売が遅れた1科目だけ
後日送付するってのが筋じゃないの?フツー。
もう・・・こっちだって文句ばっか言いたくないけどさぁーーー。
4/19からスクーリング授業が始まるんだよ?
それなのに該当科目のテキストが届いたのが2日前?
授業に間に合えばそれでいいって考え方、いい加減に改めてよ。
みんな時間のやりくりに必死なんだからさ。
しかも、宛名の漢字、間違ってるし・・・。
前期は宛先住所に不備があって、配達さんがメチャ困ってた。
だって・・・送付票に「北海道札幌市」しか書いてないんだもん。
あのさぁ〜〜〜〜〜・・・・・・・・!
札幌市は周囲3kmとかじゃないんだよ?
「区」も「条」も「丁目」も「番地」も書かないで届くの???
ヒグマやキタキツネにでも届ける気かい・・・全く(~ ~;)
特に今学期は経済・経営の苦手な自分を克服しようと
『アイデア発見・連想能力開発スキル演習(物・論理から)』と
『財政学概論演習』っちゅー、とぉ〜っても気が進まない
スクーリング2科目を履修しちまった。
せめて授業開始前にはテキスト通読しようと思ってたのに・・・
間に合うかよ!どあほっ!!!!!!!!!!!!
ああ・・・文句言っても仕方ない。テキスト読もうっと・・・。
前回の「アコギな奴」だが、事の起こりは昨年暮れの忘年会。
しかし、カタが付いたのは(金をせしめたのは)3月に差し掛かる頃。
この執念―凄まじいものがある。
Nから事の顛末を聞いて以来、事件の全貌を知る同僚たちは
社食でNを見かけても極力相席を避けるようになった。
顔を見てるだけでメシがまずくなる。
が、そんな奴だから自分の人間性が疑われているとは夢にも思わず、
それどころか「私は皆から仲間外れにされている」と、憤慨している。
私達は何時も古株の面々10人で一緒に食事をしていた。
シフトの都合で昼食時間がズレて5人程度に分かれることが多いが、
私達にとっては何にも替え難い、楽しくて心休まる一時だ。
学校じゃあるまいし、いい歳ぶっこいた大人(オバサンとも言う)が
徒党を組んで食事しなくても―そう言われそうだが・・・
何しろここは、憶測が憶測を呼ぶ大奥もどきの「女だらけ」の職場。
そう迂闊に誰とでも食事なんか出来るもんじゃない。
Nも古株仲間の一人であり今までは共に食事をしていた。
自慢話と陰口の好きな奴だが、昔はアコギって訳でもなかった。
しかしここ数年、仲間連中が何某かの役職に就く中、
一番の古株であるNが、一人取り残されたような格好になっている。
当人にとっては「屈辱的な扱い」になるのだろう。
「私は正当に評価されていない」が、いつしかNの口癖になっていた。
私は人事に携われるほど偉くはない。
以前なら「何故Nは昇格しないのか?」と訝しく思ったものだが・・・
今なら理由が判るような気がする。
人事担当者は人を見る目がある―そういうことなんだろう。
Nの「武勇伝」を聞かされてから一ヶ月以上経つが、
未だに暇さえあれば、フロアでも、喫煙室でも、食堂でも、ロッカーでも、
ところ構わず「私は仲間からイジメの標的にされている」を連呼している。
入社時期が最も古いにも関らず仲間内で一番の格下になったことが
妬みや僻みを伴ってNを変えてしまったのかも知れない。
でも、それにしたって・・・こんな浅ましい真似はしないだろう、フツー。
金に対する執念を仕事に回せば、今頃は違ってたんじゃないの・・・?
世の中にはアコギな奴がいるもんだ。それも身近に。
部下女性の話だ―仮にNとしておこう。
参考までに年齢は30代後半。バツイチで娘が2人、実家暮らしだ。
話は遡るが・・・事の起こりは昨年末の忘年会。
時期も時期だし、店内は大盛況で混雑を極めていた。
トレーに数種類のカクテルを乗せたウェイター君が何かにつまずき、
Nの上からカクテルぶちまけたところから、悲劇は始まった。
「ちょぉっとぉ〜!なんなのぉ〜!?」と、キャンキャン騒ぎ出すN。
何なのもかんなのも、誤って引っくり返したものは仕方ないだろ。
第一、 犠牲になったのはNのダウンジャケットで
Nには紙一重でカクテルは一滴もかかっちゃいなかったのにさ。
とにかく、我を忘れてキャンキャン吠え立てるNを周囲がなだめ、
店長が出てきて謝罪し、その場は事なきを得た―かに見えた。
その後、Nはダウンジャケットをクリーニングに出し先方へ代金を請求。
菓子折りを手に店長はN宅までクリーニング代を支払いにきた。
ここまでは常識の範疇であるし、普通ならここで話は終わりだ。
ところが・・・かなり後日になってから、
「クリーニングしたけど、染みが完全に消えなかった」と言い出した。
(何で今さら?そんなのクリーニング直後に判るじゃん。)
そこでN、先方の居酒屋へ電話し弁償しろとほざいた。
「このジャケット、一点物なのよ!同じ物を探して弁償して!」
おい、ちょっと待て。「一点物」なのに同じ物が出回ってるワケないだろ。
アンタ、言ってること矛盾してるよ?「(^^;)
交渉の末、まずは現物を引き取ると居酒屋店長が申し出た。
問題のジャケットを引き渡すことになり再度N宅を訪問。
2度目の訪問のため今度は菓子折りなしで行った―当然だろう。
ところが・・・N家はNの親まで一緒になって、
よくも手ぶらで来ただの誠意がないだの、散々な嫌味と文句で歓迎した。
何で?菓子折りなんて一度持って来ただけで十分でしょ?
それも、親子でなじるような話かよ・・・たかが菓子折り一つでさ。
第一、アンタ自分の家がどんな僻地だか判ってんの?
市内じゃないんだよ?冬は列車も立ち往生するような秘境だよ?
そんな所まで呼びつけておいて、菓子折りが無いだの何だのって・・・
アンタの方がお土産持たせて返してもいいくらいだと思うけどね。
それから数週間して店長から連絡が来た。
「同じ品物が見当たらないので、お金で弁償します。」
Nは、ここぞとばかりに金額を上乗せして商品代金を告げた。
いくら請求したものなのか正確な金額は不明。
自称「ブランド一点物」だが、ブランド名や値段を聞いても答えない。
無印良品か?(~_~メ)
しかも、金を受け取った後で
「そのジャケット気に入ってるから着るわ。やっぱり返して!」
・・・って、ことは?
Nは品物を失うことなく、尚且つ、色々せしめたことになる。
「洋服代金」+「上乗せ金」+「クリーニング代金」+「菓子折り」。
これ、立派な犯罪じゃないの?
巷ではこういうのを「ゆすり」とか「たかり」とか言うんじゃないの?
先の一部始終は全てN本人から聞いた話で尾ひれは付いてない。
まるで手柄話のように饒舌に喋るNを静観しながら吐き気がした。
その場にいた全員が眉をひそめ、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
しかし、場の空気を読めないNは止め処なく弁舌を振るう。
「居酒屋の店長が、こう言ったの。『ここまでヒドイのは初めてだ』って。
だから私、言ってやったの。
『おかげで社会勉強が出来て良かったでしょ!』ってね。あはははは!」
・・・・・・・・・・・・・・・もう、絶句。
ディズニー映画の『南極物語』。中々の評判だったようだ。
最も、私は20年以上前に公開された(そんなに古かったっけ?)
主演/高倉健の『南極物語』しか観ていない。
米国版『南極物語』には異論も唱えたい処だが・・・それはまたにして。
『南極物語』の代名詞と言えば「タロ」と「ジロ」。
理不尽な別れから一年後、南極観測隊が再び基地を訪れた時、
苛酷な環境を生き延びた「タロ」と「ジロ」が氷原に現れる―。
秀逸なテーマ曲と相俟って何度観ても泣きそうになるシーンだ(^^;
『南極物語』が公開された当時、一世を風靡した犬種があった。
そう、「シベリアンハスキー」。(本当はカラフト犬のはずだけど・・・)
狼と見まごうような精悍な顔立ち、透明に近いブルー・アイズ。
その凛々しい姿が人気を呼び、当時はペットとして持て囃されていた。
道路でも公園でも自慢げに連れ歩く飼い主を見かけたものだ。
そんなある日、夫が知人夫婦の新築祝いに行くと言い出した。
私はその御夫婦とは殆ど面識が無かったのだが御挨拶だけと思い、
まだ3歳だった息子を伴って新居へ伺った。
家族揃ってのお出かけに、小さかった息子は大喜び。
新居に着くや否や我先に玄関に飛び込んだ。
その刹那―
「ワン!ッワン!ワンッ!ッワンッ!ワワンッ!ワワンッ!ワォ〜ン!!!」
なんと!シベリアンハスキーの大群が、息子めがけて襲いかかってきた。
ぎょえぇーーーーーーーーーーーーーっっっっ!!!!!
おっかねぇーーーーーーーーーーーーっっっっ!!!!!
この家、なんでシベリアンハスキーが6頭もいるんだよっ!
いくらハスキー・ブームだからって、6頭は飼い過ぎだよ!6頭は!
ドックフード代、一ヶ月いくらだ?
大体、おまえら顔がこえーだろ!図体もでけーだろ!
口だって歯だって「食ったるでぇ〜♪」にしか見えねーよ。
尻尾振って、顔なめまわして、じゃれてるつもりかも知んないけど、
ハタから見たら息子は完全にエサだよ、エサ。
恐怖の余り、泣くことも騒ぐことも抵抗することもできない息子。
しばし死後硬直状態だった(¨;
そりゃそーだろ・・・自分より遥かにデカイ犬が6頭。
犬ぞりレース並の全力疾走で突進してきたんだからさ。
しかも、顔コワイし。
後で知ったのだが、その御夫婦は子供が出来ないので
代わりに犬をたくさん飼っていたんだそうな。
・・・そんなの、行く前に言えよ!夫!( ̄◇ ̄;)
それから13年、すっかり犬がトラウマになってしまった息子は
道でチワワに吠えられても死後硬直してる・・・不憫じゃ。
昔は何処の家も子だくさんだったのだろう。
母には沢山の兄弟がおり、長兄から末弟までは親子程も年の差がある。
末弟にあたる叔父は、私たち甥や姪とは十数歳しか年が違わない。
だから「ちぃ叔父さん」と呼ばれていた。
「ちぃ叔父さん」は、若い頃に病を患い失明した。
私が8歳の時だから「ちぃ叔父さん」は20代半ばだった。
「ちぃ叔父さん」には、まだ幼い女の子と男の子、2人の子供がいた。
大病を患い、失明し、職を失い、生活の見通しも立たない―。
そんな中、「ちぃ叔父さん」は断腸の思いで、
可愛い盛りの2人の子供たちを北海道の親戚に預けることにした。
2人の子供たち―従姉弟たちがやってきたのは私の家だった。
「ちぃ叔父さん」は地元を離れて東京で暮らしていたため、
私はそれまで従姉弟たちには殆ど会ったことがなかった。
見も知らぬ子供たちが一緒に住むことを快くは思えなかった。
しかも、私には少しばかり年の離れた弟と妹がいる。
そこに弟妹と年の変わらない従姉弟たちが同居することになったのだから、
私にしてみれば年端も行かない弟妹が4人もいるのと同じこと。
もう、毎日がイライラの連続だった。
私自身まだ小学生で遊びたい盛り。
幼い弟妹や従姉弟たちに四六時中まとわりつかれては堪らない。
かと言って邪険にすれば自分の親に怒られる。
「あの子たちはどんなに親が恋しくても一緒に暮らせないんだよ。
あんたはお姉ちゃんなんだから優しくしてやりなさい。」
そう親から叱られる度、いつも心の中で毒づき、苦々しく思っていた。
「なんで私が叱られなきゃなんないの!」と。
だから弟妹にも従姉弟たちにも、ちっとも優しく接してやらなかった。
ずっと「意地悪なお姉ちゃん」だった。
我家での生活が3年目を迎えようとしていた頃、
「ちぃ叔父さん」は角膜移植手術を受けた。
角膜提供者は「ちぃ叔父さん」の実の兄。
私たちが「にぃ叔父さん(2番目=次男の叔父さん)」と呼んでいた人だ。
私にとってはどちらも母方の叔父にあたる。
「にぃ叔父さん」は喉頭癌に侵され、42歳の若さで早世した。
妻と、小学生を筆頭に4人の育ち盛りの子供を残し、
「自分が死んだら目をやってくれ」と、末の弟に角膜を遺して―。
それから一年ほどして、従姉弟たちは東京の親元へと帰っていった。
視力と健康を取り戻した「ちぃ叔父さん」は会計士の職に復帰し、
生活も安定して家族揃って暮らせるようになったからだ。
今でも鮮やかに覚えている。
従姉弟たちが東京へ帰る日、私は心の底から清々していた。
これでやっと自由になれると。
昨年暮れ、祖母の葬儀の席で数十年ぶりに従姉弟たちに会った。
従姉弟たちは昔と変わらずに私を「姉ちゃん」と呼ぶ。
子供の頃の想い出を、一緒に遊んで楽しかった想い出を、
懐かしそうな顔をしながら従姉弟は何時間も語り続けた。
姉ちゃんに色んなことを教えてもらって嬉しかったと―。
「ちぃ叔父さん」は白髪の目立つようになった頭を何度も下げながら
「子供の頃は世話になったね」と、お礼の言葉を繰り返した。
返す言葉がなかった。
私は従姉弟たちのことを少しも可愛いなんて思っちゃいなかった。
親に叱られるのがイヤで渋々面倒を見ていただけだ。
ちっとも「優しいお姉ちゃん」なんかじゃなかったのに―。
親が子供を手放すのがどれほど切ないか
幼子が親と離れて暮らすのがどれほど寂しいか
自分が人の親となった今なら、叔父家族の身を切られるような辛さが判る。
でも当時は判らなかった。思い遣ってあげることすらできなかった。
お礼を言われる資格なんかない。
何時か本当の気持ちを伝えて謝らなきゃ・・・そう思わずにはいられなかった。
その「ちぃ叔父さん」が、一昨日、急逝した。
脳幹出血で突然倒れ、僅か7時間後には帰らぬ人となった。
ごめんなさい・・・私は叔父さんの子供たちに優しくなんかなかったよ。
わずらわしくて、邪魔くさくて、いつも意地悪ばかりしてたんだよ・・・。
とうとう、謝れなかったね・・・ごめんなさい、「ちぃ叔父さん」―。
今日から4月。
そろそろ桜の時期も終りかけだろうから、テンプレートを替えてみた。
最も、ここは北海道。桜どころか雪も解けきってないけど・・・。
さて、2006年春学期の履修科目が漸く決まり、現在申請中。
仕事の繁忙期との兼ね合いから、
履修科目数は春学期8科目、秋学期7科目と決めている。
しかも、今期は初めての通常スクーリングに挑戦することになった。
「通常スクーリング」とは言っても、平日夜の限定だが。
私はスクーリングより、テキスト履修の方が断然好きだ。
何たって時間の制約を受けなくて済む。
布団の中だろーが、家事の合間だろーが、風呂上りだろーが、
好きな時に本を引っ張り出して読めばいい自由さが堪えられない。
だから科目修得試験もテストよりレポートの方がいい。
とにかく時間を自由に使える環境に身を置けることが物凄く心地よい。
しかし、そんな我儘ばかり言ってたら、
何年経ってもスクーリングの必須単位が埋まらない。
今までは週末スク(土・日の受講)で何とか細々と補ってきたが・・・
もぉ〜〜〜体力が持たないっ!ハッキリ言って限界、お手上げ!\(- -;)
朝から夕方まで2週連続で土・日に授業を受けるってことは
フルタイム勤務の身だと丸3週間も休日が無いのと同じ。
そりゃ〜仕事+家事+勉強をしようと決めた以上、ある程度は覚悟の上。
贅沢言ってる場合じゃないのは判ってるが・・・肝心の体が持たんわ。
仕事は滞るし、会議は寝るし、平らな床で転倒するし・・・( ̄◇ ̄;)
さすがに3週間休みなしってのは、この歳になるとキツイ。
認知症一歩手前の脳細胞に拍車を駆けて踏みとどまってきたものの、
丈夫が取り柄の体までもが末期症状を呈するようになってきた。
これじゃ本末転倒も甚だしい。悩んだ末、今期は週末スクを断念した。
まぁ〜通常スクで何とか頑張ってみるさ。
それと―久々に司書資格科目を履修してみようと思う。
入学当初、内容を余り考えずに科目選択してしまったため、
気が付いたら司書資格科目を6科目も履修してしまっていた。
ただ、本が好きだから・・・という浅薄な考えで履修したものの、
折角取った単位を活かさないのも勿体ない。
それに、思いがけず(?)学習内容も興味深いものが多かった。
取り分け、司書資格科目の一つである『児童サービス論』は、
生まれて此の方こんなに本を読んだことは無い、と断言しても良いくらい
なりふり構わず読書に没頭できる最良の機会となった。
司書資格を目指す方々には不遜な言い方に聞こえるかも知れないが、
私は司書という職を欲することはないだろう。
しかし、資格云々は別としても、目的意識を持って取組めるというのは
それ自体が有意義で幸せなことであり、自ずと学習意欲も湧いてくる。
今後は司書資格を視野に入れて履修してみようと思う。
まぁ、性格的に司書に向いているとは到底思えないのだけどねぇ。
食器棚の茶碗も整理できない奴が、本なんぞ整理できるわけがない。
押入れなんか開けた途端に地震が起きて物が落下する。
あ・・・これは司書とはあんまり関係ないのか?(;^_^ A
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